



桑の都・八王子で120年。着物からファッションへの転換
八王子は古くから養蚕が盛んであり、生糸や織物の集散地として発展してきた歴史を持つ。澤井家のルーツもまた、この地の産業史と深く結びついている。家系はもともと新潟から移り住んだ武士であり、その後、漢方医を経て養蚕を始め、4代前から織物の道へと進んだという。
長きにわたり着物産業を支えてきた同社だが、バブル崩壊とともに大きな転換期を迎える。着物需要の低迷を受け、新たな活路をファッションアイテムに見出した。そのきっかけは、一本の帯揚げだった。
「友人の持っていた着物の帯揚げからヒントを得て、ストールを作りたいなと思いました。それからストールを作り始めたのが30年くらい前のことです。バブルがはじけてちょっと経ったくらいでした」
この出来事をきっかけに、伝統的な和装の技術を、現代のライフスタイルに適合させる挑戦が始まった。ニューヨークでの展示会にも積極的に参加し、海外市場へのアプローチを試みる。しかし、その道のりは平坦ではなかった。取引先の倒産など、幾多の困難に直面しながらも、見本作りを通じて技術を磨き続け、国内アパレルメーカーとの信頼関係を築き上げていった。

戦前の見本集が繋ぐ「hikariful」。伝統技術の現代的解釈
澤井織物のものづくりを支えているのは、多摩織の多様な技法と、代々受け継がれてきた膨大なアーカイブである。特に注目すべきは、東京都の手仕事開発商品として生まれたストールブランド「hikariful(ヒカリフル)」だ。この製品の開発には、戦前に作られた裂本集が大きな役割を果たしている。
工房に大切に保管されている、昭和11年から12年頃に先代や先々代が織った生地の見本集からインスピレーションを得て、現代のデザインへと昇華させているのだ。
「hikariful」の特徴は、その独特な風合いにある。「お召織(めしおり)」と呼ばれる技法を用い、強い撚りをかけた糸(強撚糸:きょうねんし)を織り込むことで、生地にシボと弾力を生み出している。
「初めにお召織というのは、緯糸(よこいと)にシルクを使うのですが、そこに強撚糸といって、1mに3,000回くらいの撚りを入れた糸を使います。右撚り、左撚り、その間にちょっと違う緯糸を入れるのですが、それを織ることによってこういう感じの生地ができます。右撚り、左撚りで織るからこのシボ感が出るのです」
この技術により、単なる平面的な布ではなく、空気を含んだような柔らかさと、肌に馴染む質感が実現される。過去のアーカイブを単に復刻するのではなく、現代の感性と技術で再構築する。澤井織物の製品には、伝統を守りながらも今の時代の空気感を表現する姿勢が色濃く反映されている。


廃棄されるものに美を見出す。循環する素材と技術
近年力を入れているのが、廃棄素材や未利用資源を活用したサステナブルなものづくりだ。澤井さんの視点は、生産工程で生じる「もったいない」ものに向けられている。
その一つが、奄美大島の伝統的工芸品「大島紬」の残糸の活用だ。大島紬の絣(かすり)糸は、柄を合わせるために余分に染められることが多く、織り切れずに残ってしまう糸が存在する。澤井さんはこれらの糸を譲り受け、カシミヤやシルクと組み合わせることで、新たなテキスタイルへと再生させている。
また鹿の革や、食用豚の革の活用にも取り組んでいる。北海道で駆除対象となった鹿や、東京都のブランド豚「TOKYO X」の副産物である革を細くスリット状にカットし、それを緯糸として織り込む試みだ。
さらに、染色においてもユニークなアプローチを行っている。八王子の特産である桑の葉茶の製造過程ではぶかれた茶葉や、お茶の包装時に生じる微細な粉を利用した染色は、地域資源の有効活用としても注目される。
「友達がお茶屋さんをしていて、結構大きいお茶屋さんなのでお茶のカスがいっぱい出ます。製品を袋詰めしたりするときに、抹茶みたいな粉がいっぱい出るので、それで染めができる。向こうから相談されたわけではないのですが、そういうものを利用できれば面白いなと」
これらの取り組みは、単に「エコであること」を売りにするのではなく、素材が持つ背景や物語を織物に織り込むことで、製品に深みを与えている。澤井さんの手にかかれば、廃棄されるはずだった素材も、唯一無二の価値を持つ工芸品へと生まれ変わる。

産地の枠を超えて。次世代へ繋ぐ「幹と枝葉」の哲学
かつて織物の町として栄えた八王子だが、現在は工場の数も減少し、産地としての機能は縮小傾向にある。澤井さんは、全国の産地とも連携することで、ものづくりのネットワークを広げている。
「昔は織物といえば八王子でしたが、産地機能がだんだんなくなってきました。だから私は今、全国で何かものづくりができないかという形で動いています。今は京都や八王子でもやりますが、滋賀県や一宮、新潟、山形とか。藍染は徳島でやってもらったりなんかもしています」
北海道士別市のサフォークウールを使い、岩手県で紡績し、八王子で織る。あるいは、有松絞りの産地である愛知県に生地を送り、絞り加工を施してもらう。このように、各産地の得意分野を組み合わせることで、単独では実現できない製品を生み出している。
「やっぱり伝統は守らなきゃいけないけど、幹がしっかりしていれば、枝葉は自由に伸びていっていいのかなと思うんです」
澤井さんは、伝統を「幹」と捉え、そこから伸びる「枝葉」は自由に広がってよいと語る。この柔軟な姿勢は、後継者の育成にも表れている。現在、澤井織物には20代の若手スタッフも在籍しており、新しい感性が工房に吹き込まれている。
また、次世代への継承を見据え、子どもたちへの体験教室や、一般向けのワークショップも積極的に行っている。藍の葉を使った叩き染め体験や、手織りの体験を通じて、ものづくりの楽しさや手仕事の価値を伝えている。
「あんまり『多摩織はこれだ』と決めつけてしまうと、そこからまた新しい道へは進みにくくなる気がするので、やっぱりその時代に応じていろいろな布を作っていくというのが一番必要なのかな、と思っています」
澤井織物は、長い歴史に裏打ちされた技術を大切にしながら、テクノロジーや異分野の知見、サステナビリティといった現代的な視点を柔軟に取り込む挑戦を続けている。八王子の地で紡がれるその物語は、これからも多くの人々を魅了し、新たな「布」の可能性を広げてくれるだろう。













