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江戸の粋を、現代の感性で摺る──関岡木版画工房7代目の挑戦
2026.03.05
江戸の粋を、現代の感性で摺る──関岡木版画工房7代目の挑戦

東京都荒川区

関岡木版画工房
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小川 信人

伝統木版摺師 関岡木版画工房所属。 千社札や浮世絵などの摺りを手がけ、創作版画や現代企画にも挑戦している。

木版画

版木に絵柄を彫刻し、和紙に顔料を重ねて手作業で摺り重ねる工程で制作される。素材は版木(木材)、和紙、水性顔料などを用いる。用途は浮世絵や千社札、創作版画などの印刷・美術表現として用いられる。

江戸からの系譜を継ぐ伝統木版摺工房・関岡木版画工房。摺師の小川信人さんは、千社札や浮世絵、ときには現代アーティストとの協働まで、伝統を大切にしながら、いまの時代に響く木版画を生み出している。
江戸の粋を、現代の感性で摺る──関岡木版画工房7代目の挑戦
江戸からの系譜を継ぐ伝統木版摺工房・関岡木版画工房。摺師(すりし)の小川信人さんは、千社札(せんしゃふだ)、浮世絵、ときには現代アーティストとの協働まで、伝統を大切にしながら、いまの時代に響く木版画を生み出している。
その手が担うのは、もはや「摺る」だけにとどまらない。版元(はんもと)のように企画し、人をつなぎ、浮世絵の未来そのものを構想する。江戸から現代へ、若き摺師が見つめる未来とは──。

江戸に花開いた浮世絵を継ぐ摺師

荒川区の路地裏にある関岡木版画工房。伝統木版画技術を受け継ぎ、千社札、伝統浮世絵、新作浮世絵などの制作および、江戸・明治期版木調査を行う摺師だ。

そもそも木版画が日本にやってきたのは、仏教伝来と同じ飛鳥・奈良時代。江戸時代になると、浮世絵師・鈴木春信が、木版に見当(けんとう)という目印をつけ、木版多色摺りの錦絵を制作した。そこから浮世絵は、色鮮やかな江戸大衆文化として花開いたのだ。

かつて江戸の町で浮世絵が爆発的に流行したのは、緻密な分業システムがあったからだ。

時代を読み、世に受ける企画を仕掛けるプロデューサーが「版元」だ。NHK大河ドラマ『べらぼう』の主人公・蔦屋重三郎などはその代表格といえる。その版元のアイディアを形にするのが、葛飾北斎や歌川広重といったスター「絵師」たち。そして、その絵を寸分違わぬ精度で形にするのが、版木を彫る「彫師」と、和紙に魂を吹き込む「摺師」の技だ。

「江戸時代の摺師松村仙吉から数えて、僕で7代目。関岡木版画工房としては、曽祖父が創業して、祖父関岡功夫が2代目として受け継ぎ、師匠川嶋秀勝が3代目、僕で4代目です」

摺師である祖父にかわいがられ、木版を身近な存在に感じながら育った。小学生の夏休みの自由研究で木版画を摺って、面白かったと語る小川さん。しかし最初から摺師として生きる道を選んだわけではなかった。

「大学を卒業してリサイクルショップに就職して、骨董品などを買い取りする営業の仕事をしたんです。そこで、お客様に家業の話をすると『素晴らしい仕事だ』と言ってもらえて。このまま会社を続けるべきか家業を継ぐべきか考えたときに、関岡の木版画を残したいと思い、家業を継ぐことに決めました」

職人として生きるのであれば、早いほうがよい。仕事を一念発起して退職し、職人の道をめざすことにした。

何百枚と摺り続けることで、技が磨かれてゆく

小川さんが弟子入りしたのは、関岡木版画工房を受け継いでいた荒川区指定無形文化財保持者の川嶋秀勝さん。祖父功夫さんの下で働き、幼い頃から知っている人だったという。

「家族のようにかわいがってくれた人だったので、改めて“弟子になりたい”と伝えたときに、少し恥ずかしい気持ちもありましたね」

摺師の修業は、丁稚などの形で掃除から始めていくのが慣例でもある。しかし師匠の川嶋さんが高齢であったこと、小川さん自身も修業を始めたのが社会人になってからと年齢を重ねていたこともあり、最初から実践的に摺りを学んでいった。

「どれだけ摺ったかが、摺師の腕を左右する。最初は毎日200~300枚ひたすら摺り続けました。それでも少ない方で、慣れてくると400~500枚摺れるようになりましたね」

磨き上げてきた技術を、工房で見せていただいた。のりと絵の具を合わせて、版木に置いていく。刷毛で絵の具を拡げる。見当を目印に和紙を置いて、馬連で押さえる。それを繰り返すことで、色鮮やかな木版画に摺り上がるのだ。

「言ってしまえば、ただ摺るだけ、なんです。簡単そうに思えるじゃないですか。でも同じクオリティを求められるところに難しさがある。見当がずれないよう確認して、個性のある和紙に絵の具の濃さが均一になるように調整します。板も自然物なので水分で反ってくる。さまざまな条件下で、同じように摺り上げていきます」

摺ったあとは、紙を並べて乾燥させる。裁断包丁で紙の裁断も行う。作業工程が多い摺師は、彫師1人につき摺師は3人必要といわれるほどだという。

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江戸時代のトレーディングカード、千社札の納札会を現代へ

摺師にもそれぞれの個性がある。関岡木版画工房が得意としてきたのは千社札だ。

千社参りとして家内安全などを願い、手描きの木札を神社に納めたことから始まった千社札。木版画が普及するにつれて、顔見知り同士で千社札を交換するようになる。

「江戸時代には、浮世絵と同じように、多色摺りで色鮮やかな千社札が作られました。浮世絵のように版元を通さない千社札は、好みに合わせたさまざまなデザインがあって面白いんですよ」

江戸では、まるでトレーディングカードのように千社札を交換する納札会も開かれていた。実は、令和の現在でも開催されている。全国大会「納札大會(のうさつおおがい)」が、昨年実に104年ぶりに増上寺で開催されたのだ。

「関岡木版画工房では、公式の千社札を摺りました。江戸消防、浅草芸者衆など約350名が集まりにぎやかに行われましたよ。江戸からの文化が続いているって改めてすごいことですよね」

さらに、千社札の魅力を海外にも紹介するために「国際納札会」も発足した。オンラインを通じて、日本の伝統文化を伝えていくのだという。

2025年11月30日に開催「昭和百年記念納札大會」大本山増上寺の様子
2025年11月30日に開催「昭和百年記念納札大會」大本山増上寺の様子

版元のように動き、浮世絵の未来を創る

関岡木版画工房は、THE YELLOW MONKEYの35周年特別企画でコラボレーションした浮世絵「黄猿漢四人衆大首揃」や、ペニンシュラホテル東京オリジナル浮世絵など、伝統木版画の摺り技術を生かして、さまざまな異業種と関わるプロジェクトにも積極的に参加し続けている。

「素晴らしい技術を持つ職人の作品は値段が高いため、一般の人はなかなか身近には感じられないという課題があると思うんです。そのギャップを埋めたい。高い技術力で身近に手に届くものを作ることで、木版画を愛する人の裾野を拡げていきたいです」

小川さんは、自ら企画したプロジェクトにも積極的に取り組んでいる。アーティストであるエリカ・ワードさんとともに、日本の四季とコンビニをテーマにした現代風の千社札を制作した。

「業界自体が衰退している状況で、自分一人だけでは続けていけないという想いがあります。伝統的な絵を摺るのもよいのですが、そうすると現代の絵師の方が育たない。いろいろな方と関わりながら、それぞれにお金が入る仕組みを作りたいと思っています」

さらに、小川さんは、和紙の原料となる楮農家の支援や、版木の材料である山桜の植樹など、浮世絵の未来のためのプロジェクトを構想中である。

「持続可能な浮世絵の文化を作るために、さまざまなことに取り組んでいく必要がある。摺師の枠組みを超えて、版元のような動きをする必要があると最近は思っているんです」

江戸の浮世絵を現代につなげていくために、小川さんの挑戦は続く。

千社札 絵師エリカ・ワード
千社札 絵師エリカ・ワード

Text by 荒田 詩乃

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