

素朴な疑問が変えたものづくり
兵左衛門がお箸づくりに携わるようになったのは、浦谷岩蔵氏(現会長の父)が若狭塗箸の製造に従事したことがはじまりだ。その後、1960年に「浦谷兵左衛門」として製造販売業をスタートした。
同社がお箸の安全性を見直しはじめたのは、1970年頃のことだ。「子どもが箸先でお絵描きをしているけれど、塗料が落ちても大丈夫?」——そんな母親の問いが転機となった。
「世の中にある塗箸は、プラスチックの塗料を使っているものがほとんどです。当時は弊社でも何の疑いもなく合成化学塗料を使用していました。
しかし、そのお母さんの素朴な疑問から、『本当の安心とはなにか?』を考えるようになりました。それ以来、『口に入るお箸は食べ物である』という考えのもと、“本物”にこだわったお箸づくりに取り組んでいます」
同社は、混じりけのないピュアな漆を「ヴァージン漆」と商標登録し、「製造するお箸の箸先には、ヴァージン漆しか使用しない」という高い安全基準を設けてお箸づくりを行っている。
浦谷さんが兵左衛門に入社したのは、23歳頃のこと。父親の「販売を手伝ってほしい」という思いを受けてのことだった。
「木地づくりから模様つけ、仕上げまで自社で一貫して行える弊社は、伝統工芸のなかでは全国的にまれな業態でしたし、本物へのこだわりもあったので、販路の獲得に苦労してきた過去があります。
それでも、父は信念を曲げませんでした。その姿を見ていると、とても別の道に進むとは言えませんでした」
お箸への思いを強く持つようになったのは、アメリカ・ロサンゼルスの寿司バーでの出来事がきっかけだったという。
「お店にいた現地の人たちから、『正しいお箸の持ち方を教えて』と言われたのですが、自信をもって伝えることができませんでした。お箸の文化を持つ日本人でありながら伝えられなかったことが、とても恥ずかしかったのです。
帰ってきて勉強をするうちに、どんどんお箸への思いは強くなっていきました。だからこそ本物のお箸へのこだわりを持てるようになりましたし、現代社会の食生活へと関心も広がっていきました」
天然素材にこだわった兵左衛門のお箸は、プラスチックや合成化学塗料のお箸にはない温かみがある。「“本物のお箸“に触れる経験は、素材への興味関心を育むだけでなく、食器や物を大切に扱う精神性を育てることにもつながっていくはずだ」と、浦谷さんは話す。

お箸から日本の食文化を変える
兵左衛門は、若狭塗箸にとどまらず、「日本のお箸」の観点からさまざまなチャレンジをはじめた。まず目を向けたのは、お箸の持ち方だった。
「子どもたちにお箸の正しい持ち方を教えられる大人が、とても少ないなと感じました。そこで、お箸のしつけの大切さを発信しはじめました」
1998 年、東京都足立区の小学校と連携して「お箸知育教室」を開始。お箸に興味を持ってもらうための出前授業を、全国44都道府県にわたって年間200回以上も開催した実績を持つ。現在、その受講生は16万人を突破したという。
また2002年には、プロ野球や社会人野球などで使用されて役目を終えた折損バットや、バットを作る際にできる端材を再利用する「かっとばし!!プロジェクト」を始動。持ち手がバット型のお箸やベンチの形をした箸置きなどを製造・販売している。
このプロジェクトの売上の一部は、NPO法人アオダモ資源育成の会を通じて、良質なバット材として知られる「アオダモ」の植樹や育成に利用し、循環型のものづくりへ貢献している。
さらに、2008年には日本、中国、韓国などお箸の文化を持つ地域の人たちを集めて会合を行ったこともあるという。
「弊社は、職人も含めた全員が『売れればいい』という考えではなく、SDGsや文化的な考えを持ってものづくりに携わっています。企業を育てながら文化を高める。企業経営は、その両立が非常に大切だと考えています」
お箸づくりにとどまらない同社の取り組みは、若狭塗の伝統を守るだけでなく、日本の文化を次世代へとつなぎ、豊かな未来を守るための架け橋になる。兵左衛門のお箸には、“日本の心”が宿っているのだ。
ものに宿る気持ちを届ける “心のブランド” でありたい
若狭塗の今後について尋ねると、浦谷さんは「食器だけでなく、他のものにも活用されるようになれば」と話してくれた。
「若狭塗のデザインは本当に素晴らしいですし、若狭の先人たちが残してくれた宝物だと思っています。父は、若狭塗をずっと守ってきました。
この地で若狭塗の仕事をするからには、先人たちの教えを胸に、本物の漆を使った若狭塗を発信できるようになっていかなければなりません。そうしないと、このままだとどんどん衰退してしまいます。
その取り組みのひとつとして、若狭塗を食器以外のものへ活用できればと考えています。弊社では箸材を使った指輪の試作も進行中です。指輪でなくても、イヤリングやかんざしなどでもいいでしょう。作り手にとっても、こうしたものづくりが楽しめるような環境を作っていきたいですね。
“こと”からはじまるものづくりや、ものづくりから芽生える“こと”は、身の回りにたくさんあると思っています。私は自社ブランドを、ものに対する気持ちをのせた『心のブランド』だと言っています。これからも、お箸を通してお客さんに本物を届けたいです」
伝統を守りつつ、柔軟な発想でチャレンジを続ける兵左衛門。若狭塗の魅力を教えてくれるだけでなく、日本の文化が持つ奥深さを我々に気付かせてくれる存在になるだろう。

Text by 奥山 りか









