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三代続くつまみかんざしの哲学:イシダ商店が守る伝統と一片の美
2026.01.12
三代続くつまみかんざしの哲学:イシダ商店が守る伝統と一片の美

東京都新宿区

イシダ商店
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石田 毅司

つまみかんざし博物館 イシダ商店3代目。つまみかんざしの制作および展示活動を行う職人。

つまみかんざし

正方形に裁断した絹布をピンセットで折りたたむ「角つまみ」と「丸つまみ」の技法を組み合わせ、花などの形に構成し、台紙に配置・乾燥後に金具を取り付けて完成させる工芸品。素材には薄く繊細な表現が可能な絹の羽二重を用い、七五三や成人式の髪飾りとして用いられる。

江戸時代から続く日本の伝統工芸、つまみかんざし。東京・高田馬場の工房では、絹の一片から生まれるつまみかんざしが今も息づいている。つまみかんざし博物館 イシダ商店3代目・石田さんの手仕事に宿る伝統の未来を追う。
三代続くつまみかんざしの哲学:イシダ商店が守る伝統と一片の美
江戸時代から続く日本の伝統工芸、つまみかんざし。東京・高田馬場の工房では、絹の一片から生まれるつまみかんざしが、今も静かに息づいている。時代の波に揺れながらも、受け継がれた技と新たな発想で日本の美を紡ぎ続けるつまみかんざし博物館 イシダ商店3代目・石田さん。その手仕事に宿る「伝統の未来」を追った。

三代続く職人の血脈:つまみかんざしとの出会い

東京・高田馬場に工房を構えるイシダ商店。その歴史は、石田さんの祖父の代に遡る。福島県の農家に生まれた祖父が、働き先として選んだのがつまみかんざし職人の家であった。それが、石田家に続く職人の道の始まりとなった。

「祖父は福島の農家で生まれました。長男ではなかったので働きに出されて、それがつまみかんざしの職人の家だったという感じです。それで東京でかんざし作りを始めて、その後父親の代となり、のちに私が継承しました」

職人の家に生まれ育った石田さんにとって、家業の手伝いは日常の一部だった。夏休みなどの長期休暇には、遊びに行く時間以外は家の仕事を手伝うのが当たり前の環境であったという。物心ついた頃から自然と技術に触れていたが、自らの意思で職人の道を選んだのは大学卒業後のことだった。

こうして、石田さんはつまみかんざしの世界に本格的に足を踏み入れた。それは、40年以上にわたる職人人生の幕開けであった。

40年の歩み:伝統工芸の浮き沈みと共に

石田さんが職人となった1980年代初頭は、和装離れが進み、かんざしの需要が落ち込んでいた時期であった。伝統工芸品への関心も今ほど高くはなく、業界は厳しい時代を迎えていた。

しかし、その後、少しずつまた着物を着る人が増え、状況は変化していく。特にここ10年ほどは、手作りブームの到来が大きな転機となった。趣味でつまみかんざしを制作する人が増え、伝統工芸としての認知度が向上。石田さんのような伝統的な職人だけでなく、独自の技術を習得した「作家」として活動する人々も現れた。

現在、つまみかんざしの主な用途として最も多いのは、七五三で7歳の子供がつけるものである。これは全国的な行事であり、着物を着る機会が多いため、安定した需要がある。その次に、成人式の振袖用などが続く。舞妓さんが使用するものは、世界観が限定されるため数としては多くないという。

工房の入口には、歴代のつまみ簪作品が飾られている
工房の入口には、歴代のつまみ簪作品が飾られている

海を渡った日本の美:海外実演で得た確信

イシダ商店の活動は、国内に留まらない。1980年代には、アメリカでの実演活動を行っていた。シカゴの日系人コミュニティが主催するお盆の祭りに招かれたのがきっかけとなり、その後も数年にわたって現地との交流が続いた。

石田さん自身も、ヨーロッパのジャパンフェスティバルや、中国での展示会に参加した経験を持つ。特に、改革開放が始まって間もない頃の中国での実演は、現地の協力者を得て自主的に開催したものだった。

髪を飾る文化は世界中にあるが、布を小さく折りたたんで花などを作る「つまみ」の技術は、日本独自の文化であると石田さんは語る。海外での実演では、その繊細な手仕事に多くの人が驚きの表情を見せたという。それは、日本の手仕事が持つ普遍的な魅力を再確認する機会でもあった。

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松の葉や鶴の羽の一片が繊細な「つまみ」で表現されている
松の葉や鶴の羽の一片が繊細な「つまみ」で表現されている

一貫制作に宿る魂:デザインから仕上げまでの流儀

つまみかんざしの制作は、多くの工程を経て完成する。イシダ商店では、その全工程を一人の職人が一貫して担うのが基本だ。

まず、どのような作品を作るかデザインを考案し、配色を決める。次に、素材となる白い絹の生地を使用する色に染める。染め上がった生地は、糊を薄く引いて適度な張りを持たせる「伸子張り(しんしばり)」という作業を行う。その後、生地を正方形に裁断し、ピンセットを使って一つひとつ折りたたんでいく。この「つまみ」と呼ばれる作業が、かんざしの表情を作り出す核となる。

「つまみかんざしって、ピンセットを使って材料をつまみ折って作るんですけど、その折り方って、大きく分けて2種類しかないんですよ。布の先端がピンと立つ「角つまみ(あるいは剣つまみ)」という折り方と、後ろが丸くなる「丸つまみ」という折り方の2種類だけなんです。その2種類の組み合わせで、世の中のつまみかんざしができてるんです」

つまんだ花びらを土台となる台紙に配置して形作り、乾燥させた後、各パーツを組み合わせてかんざしの形に仕上げ、最後に髪に挿すための金具を取り付けて完成となる。一つの作品が完成するまでには、乾燥時間も含めると何日もかかる。この一貫した手仕事こそが、作品に深みと統一感を与える源泉となっている。

羽二重の光沢と柔らかさを感じ、季節の花々をデザインした存在感のあるかんざし
羽二重の光沢と柔らかさを感じ、季節の花々をデザインした存在感のあるかんざし

絹の羽二重が紡ぐ繊細さ:譲れない素材への哲学

イシダ商店が祖父の代からこだわり続けるのが、素材として「絹の羽二重」を使用することである。近年、趣味で制作する人々の間では、手に入りやすいちりめん生地が使われることも多いが、石田さんは羽二重の特性が作品の品質に不可欠だと考えている。

「うちで使う羽二重っていうのは特殊なもので、日本国内でももう織ってるところが福島県と福井県の数か所しかありません。なので材料自体も貴重になってきましたね」

羽二重はちりめんに比べて生地が薄いため、細かく折りたたんでも反発が少なく、繊細な造形を可能にする。特に細かい細工を施す際には、この薄さが重要となる。生地が異なれば、色の染まり具合や光沢、そして最終的な仕上がりの見た目も全く違うものになる。この譲れない素材へのこだわりが、イシダ商店のつまみかんざしの繊細な美しさを支えている。

染色され、裁断された絹の羽二重
染色され、裁断された絹の羽二重

伝統と革新の二重奏:未来へ繋ぐ新しいデザイン

つまみかんざし業界は、他の多くの伝統工芸と同様に、職人の高齢化と後継者不足という深刻な課題に直面している。全国の職人は現在10人前後にまで減少しているという。

この課題に対し、イシダ商店では教室を開き、一般の人々につまみかんざしの技術や楽しさを伝える活動に力を入れている。愛好者を増やし、体験してもらうことで作り手として活動する人が生まれることが、技術を未来へ繋ぐ一つの形だと考えている。

そして石田さん自身は、これからも新しい作品作りに挑戦し続けたいと語る。それは、全く新しい技術を開発するのではなく、既存の技術の組み合わせを工夫し、新たな表現を生み出すことだ。伝統的な菊や梅といった文様だけでなく、金魚やトウモロコシといった独創的なモチーフも手掛けてきた。

「一番は自分の作りたいもので、世の中にない新しいものを作っていくことができればいいなっていう感じです。表現を支える技が2種類しかないからこそ、その組み合わせを工夫して多様な表現に挑んでいく。そこが腕の見せ所っていうか、職人の技術といえると思います」

祖父から父へ、そして自身へと受け継がれた三代の技術。それを守りながら、自らの感性で新しい表現を模索する。石田さんの手から生み出されるつまみかんざしは、伝統と革新が織りなす、時代を超えた美しさを放ち続けている。

着物を着る機会が特別になった現代において、つまみかんざしは日常から遠い存在かもしれない。しかし、その小さな一片一片には、職人の確かな技術と、日本の美意識が凝縮されている。石田さんのように伝統を守り、未来を見据える職人がいる限り、その美しさが色褪せることはないだろう。
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