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龍工房の137年の歴史と『粋』の精神に根ざした新たな挑戦
2024.11.13
龍工房の137年の歴史と『粋』の精神に根ざした新たな挑戦

東京都中央区

龍工房
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龍工房の137年の歴史と『粋』の精神に根ざした新たな挑戦
柔らかな紐、硬い紐、ざらざらとした紐、滑らかな紐。さらには暗闇で光る紐もあれば、中にチューブを通した紐もある。思わず「こんなにも紐の種類があるとは……」と感じていると、龍工房の3代目・福田隆太さんが「組紐にはたくさんの可能性があるんですよ」と教えてくれた。今回は日本橋で組紐の可能性を追求している、株式会社龍工房の福田隆太さんに、東京の伝統工芸品である東京くみひもの歴史や魅力、可能性についてインタビューしてきた。

歴史によって使われ方が変わってきた組紐

最初に組紐や東京くみひもについて教えてください。

そもそも組紐とは3本以上の繊維を組み込んで作る紐のことで、その要素は古い時代だと縄文土器の縄目の紋様に見ることができます。

もともと1400年以上前に大陸から日本に伝来したと考えられていますが、日本人の生活とともに発展したことで独自の特徴を持つようになりました。

おそらく大陸から伝わって来た当初は、ただの紐の製法として広まっていったのではないでしょうか? しかし日本の文化が発展していくにつれ、組紐もまた日本独自の進化を遂げていったのです。

たとえば江戸時代、千利休の活躍によってお茶の文化が栄えました。茶道を嗜む人々は自分の茶道具を入れる袋・仕覆(しふく)を持っており、その袋を結ぶ組紐が使われていたといいます。
そうしていくなかで芸術的な結び方や複雑な結び方が次々と生まれ、対応するように組紐にも組み方の種類が増えていったのです。
その後は武士が用いる刀の柄巻(つかまき)や下緒(さげお)に使われていったといわれています。

こうした機能的な使われ方が多かった組紐にとって大きな転機となったのは、江戸時代中期、着物に現代でも使われるような帯を巻く文化が栄えたことでした。
帯を締めるということは、帯だけでなく、帯を留める紐も必要となります。そのため組紐は一気に需要が拡大したのです。

また当時のファッションリーダーは歌舞伎の役者さんや芸者さんだったわけですが、その方々がいろいろな帯をつけたことで、あわせて組紐もさまざまな柄が作られるようになっていきました。
その後江戸時代後半に、深川芸者の方々が、深川橋という橋を模して帯のお太鼓結びを発案。それを結ぶための組紐は、帯締めと呼ばれるようになっていきました。

さらに後の時代では明治天皇の洋服の装飾に用いられるなど、装飾品としての側面が強まっていきます。

東京においては江戸時代に参勤交代の影響で各地から職人が集められていたという歴史があります。当時の職人たちは江戸の文化である粋や侘び寂びを自身の手がける品に積極的に取り込んでいきました。
そのため東京くみひもには、江戸好みの“粋”な精神が、今も息づいています。

こうして組紐には実用的な機能だけではなく装飾的な意味合いも求められるようになっていったわけですが、私はこの表現の幅こそが組紐の強みだと思っています。

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龍工房のものづくりの精神

龍工房について教えてください。

龍工房では帯締めを組むだけでなく、企業やアーティストとコラボした商品の開発をしたり、オフィスやショップのインテリアとして組紐を組んだりといった、これまでの歴史にとらわれない取り組みも行っています。

これまで組紐は需要とともにそのあり方を大きく変えて来ました。しかし現代では着物を着る機会が少なくなり、伴って組紐の需要も減少傾向にあります。
そうした状況の中で文化を繋いでいくためには、これまでと同じことを繰り返すのではなく、自分たちから組紐の可能性を切り開いていく必要があると思ったのです。

龍工房にはどのような歴史があるのでしょうか?

龍工房の創業は1963年、ここ日本橋で私の祖父が立ち上げています。しかし家業としての歴史はもっと古く、知っている限りでは祖母の家系が小田原で代々組紐の仕事をしていたと聞いています。

創業当初から伝わっているのは「野の花を摘むが如くものづくりせよ」「一条の紐に想いを込めて」という2つの精神です。

帯締めとして使われる際の組紐は幅として数cmで、一本の長さは約160cmほどになります。しかしながら身体そして帯の中心に位置することから存在感があり、帯締め次第で着物の雰囲気は大きく変わります。
一条とは一筋のこと、そのわずかな面積に遊び心と技術を込める。それが龍工房の大切にしていることなのです。

また現在龍工房は帯締めにとどまらない組紐の可能性を追求していますが、これは日本橋という立地があったからこそだと考えています。
近くに歌舞伎座がある関係で、昔からたくさんの役者の方にご利用いただいて来ました。かれらの御用に応え続けることで、要望を解釈し紐を組んで応えるという力が自然と鍛えられていったのです。

遊びが育んだ紐への愛着

福田さんはいつごろから家業に携わるようになられたのですか?

本格的に家業の手伝いをするようになったのは14歳の頃からで、幼少期から組紐の端材をもらって遊んでいました。くみ玉を投げて壁に穴を開けて怒られたことは今でも覚えています。また組紐の端材はあやとり用の紐としても使っていました。他にも折り紙が好きだったので、紐と組み合わせて自分だけの折り方の研究もしていました。

そうやって紐で遊び続けていたことで、14歳になる頃には自然と家業を手伝うようになっていたんです。遊びをずっと続けていたら、それが仕事だったというような感覚ですね。

今振り返ると14歳のときにしていたのは、糸の準備でした。
基本の組紐作りで使う紐というのは、何本もの糸が集まってできています。この糸がかなり繊細で、たとえば冬場に少し指が乾燥していたらそれだけで引っかかってほつれてしまうんです。
糸はどのくらい優しく扱えばいいのか。糸から紐にするための作業である経尺(へじゃく)はどのようにすればいいのか。そして玉に糸を巻いていく際にはどこに気をつけるべきか。
糸に対する知見を指から学んでいたのが、この頃だったのだと思います。

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たとえば紐製のスマートフォンの充電ケーブルを想像してください。あれを細かく見るとまずスマートフォンのケーブルがあり、その外側に保護の目的で紐が覆っているのだとわかると思います。
こうした構造がわかったうえでケーブルを握ると、私の場合、もし組紐でやったときにどのくらいの準備が必要になるかを想像できるのです。
玉は何個必要か、密度から逆算して何本の糸を合わせて紐とするか、そうなると重さが決まってくるので、最終的な硬さも踏まえると重りはどのくらいになってくるのか。
この計算は14歳の頃に糸の基礎と向き合ってきたからこそ、培うことができたものです。

今はこの組紐の技術や知見を応用して、通常の紐ではなく蓄光撚糸を使って防犯グッズにしてみたり、チューブを組み込んで組紐を浮かせて展示してみたりといった作品作りをしています。金属や革を素材の一部に使うこともありますね。

時代に合わせた組紐の新しい挑戦

こうした中で福田さんは現在どのような活動をされているのでしょう?

龍工房ではさまざまな取り組みを行なってきており、現在は3つの柱を据え活動しています。

1つめは伝統的な帯締めとしての組紐の活用です。百貨店さんや小売店さんへ卸し、ときにはオーダーを受けてオリジナルの帯締めを組む場合もあります。

2つめの柱としているのは組紐の持つ1400年以上の歴史を用いて新規開発を行なうという事業です。
デザイナーやアーティスト、メーカーの方々とコラボし、組紐を用いた新たな表現を追求しています。

たとえば、レディー・ガガさんのヒールレスシューズを代表作にもつ現代芸術家の舘鼻則孝さんとコラボレーションし制作した「組紐ヒールレスシューズ」は、ヴィクトリア&アルバート美術館にも展示されています。

シューズには冒頭にお伝えした江戸好みの“粋”な精神、具体的には羽裏の文化に流れる精神を組み込んでいます。表はシックな色に、裏面はビビッドな色を配し、さりげなく見えるオシャレを表現しています。

3つめは最も力を入れている領域である内装事業です。
具体的には建物のインテリアの一つとして組紐を用いたファサードの装飾やパーテーションを制作しています。インテリアに組紐を用いることで人の目に触れる機会が増えるため、組紐の持つ美しさを最大限に感じていただくことができます。

組紐の歴史は実用性とともに組み柄の美しさも追求しており、組紐によるインテリアはまさにその流れを踏襲した組紐の次世代のカタチだと思っています。

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また、組紐のインテリアには日本古来の文化も息づいています。日本では昔から衝立や簾など「中からは見えるけど、外からだと見えづらい」を目的としたものが存在していました。組紐でパーテーションを作ると、それらと同じような効果を得ることができます。

このことをベースとした、江戸の粋に流れる精神を組み込んだ作品があります。

千葉県野田市の真光寺さんのために制作した“雲龍”という作品です。
ご依頼は「護摩堂に相応しい、美しいパーテーションをお願いしたい」というものでした。美しさとは、思わず見てしまうことだと解釈、角度によってパーテーションの奥にある護摩堂が見えたり、パーテーション自体の美しさが楽しめたりといった設計にしようと考えました。
またどの角度でも護摩堂が見えるよう紐を浮かせることもその時点で考えていたことです。

また真光寺さんの本堂にたくさんの龍がいることにも着目。龍は飛ぶ際に雲を巻き込んでいくと考え、パーテーション全体で雲を表現することとしました。

ベースには組紐自体にも江戸好みの“粋”な精神を入れています。さらに中にチューブを組み込むことで、浮かせて展示ができる組紐としました。
そして4ヶ月かけて制作したのが、この“雲龍”です。

自分を表現するツール

福田さんにとって東京くみひもとはどういう存在なのでしょう?

私にとって組紐とは自分を表現するツールだと思っています。
方法や素材、使い方。組紐はその技術を応用していろんなことに適応しながら進化を続けていて、その可能性は途方もなく大きいです。

お話ししてきたように、ずっと「これはできないか?」「あんなことできるんじゃないか?」と紐のことを考え生きてきたので街中を歩いていても、車を運転していても目についたものを組紐でアレンジすることばかり考えてしまうんです。
無限にも思える作業を平坦な心で着々と組み上げていく。その先は組紐だからこそ見られる無限の可能性があるので。
それがこの仕事のおもしろさであり自分を表現するために最適なツールだと考える理由です。
組紐の表現方法がまだまだあると思っているので、これからもその可能性を追求し続けていきたいと思っています。

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Text & Photo by タカハシコウキ

#Artisan#職人#日本橋#伝統工芸#組紐#歴史#日本文化#技術
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