



鮮やかな色彩と「堆錦」が彩る琉球漆器
琉球漆器を特徴づける要素として、「鮮やかな朱色」「独特の模様」「大型の器形」の3点がある。中でも技術的に特筆すべきは、「堆錦(ついきん)」と呼ばれる沖縄独自の加飾技法である。
堆錦とは、焼いた漆に顔料を混ぜ、餅状の塊にしたものを薄く延ばし、切り抜いて器物に貼り付ける技法だ。一般的な漆芸における蒔絵(まきえ)や沈金(ちんきん)が平面的であるのに対し、堆錦は立体的な表現が可能であり、南国特有の強烈な日差しにも負けない鮮やかな色彩を放つ。
「液体の漆を固体化する技法、と言い換えることもできます。漆を焼いて顔料を混ぜ、叩いてローラーで延ばす。この工程を経て初めて、自由な造形が可能になります」この堆錦餅(ついきんもち)を作る工程には、温度や湿度の管理を含め、熟練した職人の勘と経験が不可欠だ。
また、漆器の素地となる木材にも沖縄ならではの特徴がある。主に使用されるのは「シタマギ(エゴノキ)」と「デイゴ」だ。特にデイゴは日本でもっとも軽い木材の一つとされ、乾燥による狂いが少ない。そのため、琉球漆器に見られる「東道盆(トゥンダーブン)」のような大型の蓋付き容器であっても、蓋と器の合い口が狂いにくいという利点がある。シタマギも同様に、芯を持ったまま加工しても割れにくいという特性を持ち、古くから重宝されてきた。
しかし現在、これらの県産材の入手は困難になりつつある。やんばるの森が国立公園や世界自然遺産に登録されたことで伐採ができなくなり、材料確保が課題となっている。嘉手納さんは、県外の木材の活用や、新たなサプライチェーンの構築を模索しながら、伝統的な技法の維持を模索している。

「ティーアンダー」に宿る手仕事の精神性
沖縄には「ティーアンダー(手脂)」という言葉がある。直訳すれば「手の脂」だが、料理や工芸の文脈では「手の脂がつくほどに手間暇をかけ、愛情を注ぐこと」を意味する。嘉手納さんは、このティーアンダーこそが、琉球漆器の精神的支柱であり、機械生産にはない価値を生み出す源泉だと考えている。
「物理的な手仕事の痕跡だけでなく、作り手の精神性が宿る。それが使い手に伝わることで、モノの背景にあるストーリーが見えてくるのです」
一方で、伝統に固執するだけではなく、「変えてはいけないもの」と「変えるべきもの」を明確に区別する「温故知新」「不易流行」の考え方を重視している。変えてはいけないのは、漆という素材や基本的な技法、そしてティーアンダーの精神だ。対して、デザインや用途、そして一部のプロセスは、時代に合わせて柔軟に変化させるべきだという。
その具体例として挙げられたのが、デジタル技術の導入だ。角萬漆器では、レーザーカッターや3Dプリンターを製造工程に取り入れ始めている。たとえば、螺鈿(らでん)細工において、極薄の貝を精緻に切り出す作業にレーザーカッターを活用することで、歩留まりを向上させ、均質なクオリティを担保する。また、堆錦の型作りや試作品の製作に3Dプリンターを用いることで、開発サイクルの短縮を図っている。
「手仕事の良さは残しつつ、単純作業や精度が求められる部分には最新技術を活用する。そうすることで、職人はより創造的で、高度な技術を要する工程に集中できます」
デジタルは手仕事を駆逐するものではなく、職人の技術を拡張し、持続可能なものづくりを支える一つのツールとして機能している。


現代の食卓へ:豆腐と漆が織りなす新表現
角萬漆器の新しい試みの一つとして、漆に豆腐を混ぜて塗る独自の技法がある。これは、古くからある「変わり塗り」の一種を応用したものだ。漆と豆腐を混ぜ合わせることで粘度と質感が増し、表面に独特の凹凸(テクスチャー)が生まれる。
「もともとはお盆の裏側など、傷がつきやすい部分に使われていた『叩き塗り』に近い技法です。これをあえて器の表面に用いることで、マットで温かみのある表情を作り出しました」
この技法で仕上げられた器は、光沢のある伝統的な漆器とは異なり、現代的なインテリアや食卓に馴染みやすい。また、漆も豆腐も天然素材であるため、口に触れる食器としての安全性も高い。角萬漆器が運営するカフェで実際に手に触れることができる。
食と器の関係性について、嘉手納さんは「食べる」という行為の普遍性を強調する。「人は有史以前から、食べることをやめたことはありません。そして、食べるときには必ず器が必要です。琉球漆器は単なる工芸品ではなく、食という人間の根源的な営みに寄り添う道具なのです」

暮らしに溶け込む「東道盆」のモダニズム
琉球漆器の中でも特に象徴的な存在が「東道盆」である。これは琉球王朝時代、中国からの冊封使(さっぽうし)や薩摩の役人を接待する際に用いられた、六角形や八角形の蓋付き容器だ。内部はいくつかの区画に分かれており、そこに琉球料理を美しく盛り付けて供した。
いわば「琉球のオードブル皿」とも呼べる東道盆だが、現代の核家族化や住環境の変化に伴い、その需要は限定的になっていた。しかし嘉手納さんは、この東道盆に現代的な解釈を加え、新たな価値を見出そうとしている。
歴史研究家とのコラボレーションにより開発された「現代版トゥンダーブン」は、伝統的な形状を踏襲しつつ、アウトドアやホームパーティーでの使用を想定した仕様となっている。文献調査から、かつて東道盆が野外での宴席でも使われていたことに着想を得たものだ。
「漆器はハレの日の道具というイメージが強いですが、もっと日常的に、自由に楽しんでいいはずです」
器がきっかけで生まれるふとした「会話」や、東道盆の持つ「もてなしの心」。それらを現代の暮らしの中にもう一度息づかせようとする試みは、琉球漆器の新しいあり方を考えるヒントを与えてくれる。
使うことでつながる沖縄のアイデンティティ
嘉手納さんが琉球漆器を中心にしたこれら一連の活動を続けるなかで、その根底にある大きなテーマが「ウチナンチュ(沖縄の人々)のアイデンティティを取り戻すこと」だ。
グローバル化や情報の均質化が進むなかで、沖縄においても地域固有の文化や歴史への帰属意識が希薄になりつつあるという危機感を抱いている。「地元のことを語れない、自分のルーツを知らないという状況は寂しいものです。琉球漆器を使うこと、知ることを通じて、自分たちの文化に誇りを持ってほしい」
漆器は、沖縄の歴史、交易、自然環境、そして職人の技術が凝縮された工芸品だ。日々の食事で漆器を使うことは、そうした文化的背景に触れることであり、自身のアイデンティティを確認する行為にもつながる。
そのために、角萬漆器では人材育成にも力を入れている。沖縄県立芸術大学の卒業生の積極的な採用をはじめ、若手職人の技術向上と定着を図っている。かつては分業制が当たり前だった漆器作りだが、職人人口が減少するなかで、一人で複数の工程をこなせる多能工化が進んでいる。大学で体系的に学んだ知識と、現場での実践知が融合することで、より強力な職人集団が形成されつつある。
「100年後も琉球漆器が沖縄の文化としてあり続けるために、今やるべきことを積み重ねていく。それが「”しまぬくくる”を塗りかさねる」ということです」







