



紫外線を防いで、涼しい。夏を彩る麦わら帽子を100年以上作り続けてきた
夏の定番の麦わら帽子。田中帽子店の麦わら帽子は「UVカット99%」と書かれていてとても驚きました。
麦わら帽子は、昔から農家さんが夏の農作業時にかぶっていた帽子で、紫外線をカットすると言われてきました。これまでは科学的証拠がなかったのですが、あるメディアの取材で紫外線の遮蔽率を検査してみたら、なんと100%。「UVカット99%」と謳っているのは、人の動きで多少は紫外線を浴びるから。でも、実際の遮蔽率は100%です。
麦わら帽子は、紫外線を通さないのに通気性がある。その秘密は麦わらにあり、中のストロー状の空洞が、蒸れや湿った風を逃がしてくれます。ふんわりと柔らかく頭を包み込んで、暑い日でも涼しい。素材を生かし、理にかなった素晴らしい帽子なんです。
春日部では、職人の手で麦わら帽子が作られ続けてきたんですね。
当社の創業は1880年、最初は麦農家でした。この辺り一帯は麦畑だったんです。川の下流で、土が栄養を豊富に含んでいて、麦がよく育つ土地でした。
麦の穂はビールになり麦わらは捨てていたんですが、それではもったいないと、明治時代に真田紐(さなだひも)という麦わら帽子の原料に加工して、ヨーロッパへ輸出するようになりました。大正ロマンで帽子文化が広まり、人々がカンカン帽をかぶって外出する頃、ドイツからミシンを輸入して、帽子づくりが始まりました。
帽子ブームの後押しもあり、手がける会社が10軒ほどに増え、春日部は麦わら帽子の一大産地になりました。しかし、後継者問題や帽子の需要低下とともに減っていき、現在は当社のみになってしまいました。

職人の手作業が光る、貴重な麦わら帽子の製造工程を教えてください。
7本の麦わらを編んだ真田紐に水分を含ませて柔らかくして、職人がミシンで円を描くように縫製していきます。帽子を外に干して水分を飛ばす寒干し(かんぼし)作業を経た後に、水圧機やアイロンで形を整える最終仕上げをします。内側にある汗止めやサイズ調整のテープをミシンで丁寧に縫いつけて、リボンなどの飾りをつけたら完成です。
約10人の職人で、年間2、3万個ほど製造しています。これくらいの規模で手作りで麦わら帽子を製造している工場は国内にもほとんどありません。効率と職人の手仕事のバランスを大切にしながら、奇をてらわず、伝統の麦わら帽子づくりを続けています。


若手後継者が始めた、物語を生かしたブランディング戦略
田中さんは、25歳のときに6代目として引き継がれましたが、もともと家業を継ぐつもりだったのでしょうか?
僕は、日焼けが好きなので、帽子をほとんどかぶらないタイプ。なので、家業の帽子づくりは、あまり興味がありませんでした。
ただ、古着などストーリーのあるファッションが好きだったんです。たとえば、今日履いているデッキシューズは、船乗りがデッキを歩くとき用に作られた靴。アロハシャツも、日本の開襟シャツを戦争のときにアメリカ人が沖縄から持ち帰ったことがきっかけです。
僕は、もののバックグラウンドに惹かれてしまう。大人になって田中帽子店や麦わら帽子の歴史を深く知って、僕のものを選ぶ基準が、身近な家業に繋がったと驚きました。物語を大切にしたものづくりをしたい。ストーリーを多くの人に届けていきたいと、継ぐことを決心しました。
どのような戦略で田中帽子店の物語を広めていったのでしょう?
まずは、これまで断っていたメディアの取材を受けるようになりました。先代の思惑もあったと思いますが、若手の後継者は注目される。そこで田中帽子店の麦わら帽子づくりのこだわりを伝えていきました。
さらに、下請け中心だった販売方法から、歴史とストーリーを伝える「田中帽子店」のブランド化を図ります。卸販売は「田中帽子店」のコーナー展開など、大切に扱ってくださる小売店に絞るように。たくさんの帽子の中に並ぶようでは埋もれてしまうので、「田中帽子店とはなんだろう?」と気になるフックを作ることが大切だと思いました。
そうした取り組みが生かされて「田中帽子店」を選んでくれるお客様が増えて、生産量も上がってきます。満を持して、5年ほど前に春日部に工場併設の直営店をオープンしました。

直営店では、6代目が自ら店頭に立って、お客さんとコミュニケーションしながら接客されている姿が印象的です。
「この帽子はこうやって作っているんです」とこだわりを伝えています。作り手が直接ストーリーを語ることで、お客様は納得する。作る人と話しながら帽子を購入できる場所は珍しい。土日は職人も売り場に立ちます。「私が作った帽子です」と語ることは、職人のモチベーションにもなる。
お客様とのコミュニケーションは、商品開発にも役立ちます。帽子の企画も僕が行いますが、常連さんの顔を思い浮かべながら「この人に似合いそうだな」とデザインする。流行りではなく、その人たちに似合うものを作っていきます。
そうすることで、毎年夏になると「田中帽子店の麦わら帽子を買いたい」とリピーターのお客様が遠くから足を運んでくれるようになりました。ストーリーがお客様を呼ぶ、好循環が生まれています。


地元・春日部を、麦わら帽子の街にしたい
伝統工芸の分野における職人の高齢化など、課題に感じていることをお聞かせください。
年々職人が高齢化していて、業界全体で縮小しているのが現状です。若い職人を育成しても独立してしまうので、人手を確保するのも難しい課題もあります。
先のことはわからない部分もありますが、前向きに仕事をしています。それは、やっぱりお客様の声に日々触れているからだと思います。「田中帽子店の麦わら帽子は涼しくていい」「何個も欲しい」と言ってくれた顔を思い浮かべられるので、僕たちはたしかにまだ必要とされていると思える。
買い手の顔が見えないメーカーは、受注数が減ると不安になってしまう。これからの作り手は、お客様と直接繋がることが大切かもしれません。

これから田中さんが挑戦したいことはなんでしょうか?
麦わら帽子の魅力を伝えたいです。直営店だけで、年間6,000個以上麦わら帽子を販売していますが、それだけ売っても、街には真夏に帽子をかぶらずに歩く人がたくさんいます。「この人たちがみんな帽子をかぶったら」と考えたら、まだまだ伸びしろがあると思う。
まずは、春日部で「夏は麦わら帽子」という文化を作りたい。僕は春日部で生まれ育ったので、地域に愛される帽子屋でありたいんです。直営店を作ったことは、春日部で田中帽子店の麦わら帽子が買えるようにという、地域貢献のためでもあります。
帽子はとても奥が深いですよ。帽子ひとつでファッションの雰囲気ががらっと変わる。うちの4代目の祖父は「おしゃれは足元から始まり、頭で終わる」と言っていました。麦わら帽子の魅力と物語を、これからも多くの人に届けていきたいと思います。


Text by 荒田 詩乃










