

祖父から受け継いだ窯、3代目としての葛藤
1939年、西尾さんの祖父が登り窯を構えたことから卯山窯の歴史は始まる。戦前から続く窯元を受け継ぎ、3代目として西尾さんが代表に就任した背景には、単純な事業承継以上の思いがあったと語る。
「当時は親が高齢になってきて、僕も帰ってきて何年か経ったころだったので、『じゃあ代わろうか』という感じで受け継ぎました。3代目になれば自由にできると思っていたところ、現実はそう甘くなかった」
当初西尾さんは、信楽焼を海外で展開し、その価値を日本へ「逆輸入」するような形で発信できないかと考えていたという。 しかし、その思いは経験を重ねるなかで変化していく。
「いろいろなところに参加していると、日本国内で認められなければ、海外に持っていってもだめだろうという考えにだんだんと変わってきたんです。向こうに持っていっても、その先には続かず、目に留まることはないんじゃないか、と」
過去にはミラノ・サローネへの出展を含め、いくつか海外出展も経験したが、どれも西尾さん自身が直接現地に赴いたわけではなかった。自身の足で海外の展示会へ出向き、生の声を聞こうと決意したまさにその時、コロナ禍に見舞われ、その挑戦は中断を余儀なくされた。
転換点となった「小物づくり」への挑戦
新たな試みを模索していた卯山窯にとって転換点の一つとなったのが、大物陶器中心の生産から食器などの「小物づくり」への展開であった。この挑戦は、ものづくりに対する考え方を深めるきっかけになったと西尾さんは振り返る。
「小物を作り始めてから、いろいろわかってきたことがありました。それまでは大物を中心に作っていたので、フォルムばかりを気にしていたんですが、器を作っていくときには、使い勝手とか、どういう風に使ってもらうかなど、器自体のその先にある情景を考えて作らないといけなくなって。それだったら、数が少なくなっても細部までこだわって作っていこう、と」
最初は、長年付き合いのあった問屋からの厳しい声もあったが、優れた職人による確かな技術力が卯山窯のものづくりの品質を証明し、新たな販路を切り開く原動力となった。

光を透過する「信楽透器」誕生の裏側
一方で、もともとインテリア関係で勤務していたことから、「陶器で照明を作りたい」という思いを長年抱いていた。そこで信楽の窯業試験場で開発され生まれたのが、光を透過する陶器「信楽透器」である。
主原料は、光ファイバーの製造過程で出る廃材「溶融シリカ」。これを骨材とし、透明度の高い焼き物の原料を混ぜ合わせて作られている。この素材は、陶器でありながら1,230℃前後という磁器に近い温度で焼成できるのが大きな特長だ。ただ、粘土と釉薬の収縮率が異なるため、焼成時に釉薬が剥離してしまうという課題があり、焼成の調整が必要だと語る。
「試験場の人も『まだ完成していないんだ』と苦笑していました」
しかし開発者はすでに退職し、素材は「未完成」のまま。だが、その不完全さが、かえって独特の魅力を生み出している。西尾さんはこの素材の可能性にいち早く着目し、試行錯誤の末に商品化へとこぎつけた。伝統産地と公設試験場が連携し、卯山窯の革新性を象徴する商品となっている。
「遊びの窯」で見つけた、未来への実験
工房の一角に、ひときわ目を引く小さな窯があった。西尾さんはそれを「遊びの窯です」と冗談っぽく笑いながら紹介してくれた。一昨年、自ら導入したというこの窯は、ガスで温度を上げた後、途中から薪を投入できるハイブリッド式だ。薪を燃やすことで生まれる灰が器に付着し、釉薬と反応して予期せぬ景色を生み出す。
西尾さんは、この「遊びの窯」で、これまで廃棄されてきた土を再利用した陶器づくりを実験したいと語る。
「普通の土は再生できるんですけど、信楽透土の白い土は不純物が入ると商品に使えないんです。それをこの窯で使って遊んでみてもいいかなと。捨てるのもったいないし、なにか作って面白いものが生まれないかなって」
うまくいくかはわからない「遊びの窯」は、職人たちが向き合う、限りある資源の問題に対する一つの回答であり、持続可能なものづくりを目指す純粋な探究心の象徴である。

使い手がいて完成する、卯山窯の「用の美」の哲学
海外への挑戦、小物商品への展開、そして「信楽透器」の開発。卯山窯の歩みは、常に変化と共にある。その根底に流れる哲学を、西尾さんは「用の美」という言葉で締めくくる。
「僕らが作っているのはあくまで器という入れ物、それが使ってもらって初めて、お客さんのものとして完成されるのです」
作り手だけで完結するのではなく、使い手の暮らしの中で美しさを見出す。それは、信楽焼そのものの歴史とも重なる。信楽焼は、特定の様式に固執するのではなく、時代時代の需要に応え、雑器から茶陶、建築陶器へと姿を変え、変化を受け入れながら技術を革新させてきた。
「信楽焼は革新の連続。新しいものができたら、それにチャレンジしていくのが信楽焼なんです。もう一度海外へ挑戦してみてもいいし、次の世代の人たちと一緒に開発を進めるでもいいと思っています」
卯山窯の挑戦は、まさに信楽焼の伝統を未来へと繋ぐ営みそのものである。
職人の手仕事、そして「未完成」の素材に託された夢。卯山窯のものづくりは、伝統という土壌に深く根を張りながら、革新という光に向かって伸びやかに枝を広げている。あなたの暮らしの中で、この器はどんな景色を見せてくれるだろうか。











