


作品づくりの哲学、木材からの呼びかけに応える
「展覧会の出品者の中には、審査員の先生方の好みに合わせて作品を作っている人もいました。私はそんなこと考えたこともありません。
その時、その時に、今自分が表現したいものを入落は気にせず、出品し続けました。
僕は毎年工芸展に出展するとき、その年の代表作と呼ばれる作品を出すという強い思いがあります。かれこれ本展には41回出展していますが、どれもが代表作だと自負しています」
言うは易く行うは難しとは言ったもので、毎年新たなデザインを生み出すには、相当な引き出しや日々の着想が求められる。だが宮本さんは、デザインも素材のほうからやってくるという。
「今は、これを作りたいから良い材料がないかなと探しに行くことはありません。むしろ、材木屋さんに置かれている木々の中に、自分が作りたいものが見えてくるかどうかです。木材のほうから訴えかけてくるものが読み取れて、初めて作品にできるんです」
自然を相手にする木工だからこそ、人間の勝手な思いを木々に向けるのではなく、相手に寄り添う姿勢が必要だという。

作品づくりの原点、伝統工芸に思うこと
宮本さんは、作品づくりの原点に「誰かのために作る」という気持ちが大切だと語っていた。自身の経験に基づく発言だったが、そのことをあらためて実感したこともあったという。
「以前、東京藝術大学で戦時中の作品に関する『尊厳の芸術展』があったんですが、それには衝撃を受けました。アメリカ在住の日系人が強制収容所に入れられてしまった際、そこら辺に落ちている針金や枯木などで作品を作ったようです。
彼らが誰かを思って作った作品を見たとき、これこそがものづくりの原点だと思いました」
「ものを作るという行為こそ人間の本能なのだ」と、宮本さんはその当時の作品を思い出しながら語ってくれた。
「ですから、今の職人さんはある意味で裕福なんですよ。たとえば、ある作業をするときに、この道具がない、この材料がないってなれば、購入すればいいだけですから。
でも、それって木材を伐採してくれる人たちがいて、彼らが使う道具を作る職人さんもまたいるから成り立っているんですね。伝統工芸って、それを生み出す職人さんだけじゃなくて、その制作を支える人たち全体で成り立っています。
ただ、今の状況がいつまで続くかわかりません。ずっと続くことを願っていますが、ある材料が手に入らなくなったり、道具を作る人がいなくなってしまったりすることがあるかもしれません。でも悲観することはないと思うのです。先ほどお話しした戦時中の作品のように、人は何かしら工夫したり、代用できるようなものを探し出したりして、新たな可能性を模索していくものなんですから」
宮本さんの伝統工芸に対する眼差しは、とても明るいものだった。もちろん、人間国宝という立場から、前向きな話をするという責務も感じているのかもしれない。それでも、これまでの宮本さんの生い立ちを知る読者ならば、この考え方に共感できるはずだ。

若い世代に伝える2つの思い
人間国宝として宮本さんの伝統工芸に対する気持ちを伺ったところで、最後に若い世代へ託す思いを聞いてみると、2つほど伝えたいことがあるという。
ひとつは「経験」の大切さだ。工房や大学で後進の育成に携わる宮本さんが常々感じているのは、技術は教授できるが、感性は個人に拠るところが大きいということだった。だからこそ、いろいろな芸術に触れてほしいと語る。
「木工だけ勉強していては駄目です。音楽を聞くもよし、旅に出てさまざまな風景を楽しむもよし。ときには自転車に乗って、街の中を走り回るだけでも、新たな気づきというのは得られるものですよ」
実際に宮本さんも水上アクティビティをするなかで、自身のデザインの核となるアイディアを得たこともあり、何が仕事に直結するのかわからない。だからこそ、経験を積み上げていくことも、ひとつの仕事だと言える。
そしてもうひとつが、「夢中になれるものに取り組む」ということだ。
「他のものを犠牲にしてまで、自分がやりたいことに取り組んでほしい。これだと思えるものに出会えるかというのは、たしかに簡単なことではないかもしれません。
それでも、今の自分が最善を尽くして夢中になれるもの、本気になれるものをがむしゃらに探してほしいと思うのです」
そう語る宮本さんも、無給で住み込みで修業をしていた。それでもあっという間に10年の歳月が経ったのは、ただただ木工の制作を楽しんでいたからに尽きるだろう。そうしたものに出会えるかが、その後の人生に大きく影響してくるという。
このメッセージは、決して若者だけ、工芸に携わる人だけのものではない。今の生活に悩む若者や社会人、定年後の第二の人生を模索する高齢世代にとっても、いろいろと考えさせられるものだ。
全5回の配信を通じて、人間国宝・宮本貞治の半生を振り返ってきたが、そのいずれもが先の発言に結実するものだった。生まれながらにして木工に囲まれ、師匠・黒田乾𠮷さんのもとでの修業、その後の宮本貞治としての作風の探求、そして人間国宝として、また大学教員としての教育というのは、すべて「好き」を突き詰めていくことで成り立っていた。
そして、人のものづくりの根底にある創意工夫という営み。その楽しみに魅せられて、人間国宝・宮本貞治は今日も制作をする。









