


人間国宝という存在
野球少年に将来の夢は何かと聞けば、プロ野球選手やメジャーリーガーになりたいと目を輝かせながら答えるだろう。宮本さんも、日本の伝統工芸の道に足を踏み入れたからには、いつかは人間国宝になりたいと考えたのだろうか。
「そんなこと思ったこともないですよ。黒田辰秋さんっていう偉大な人が近くにいて、こういう人がなるもんだって思っていましたから。」
修業しはじめたときから、宮本さんは人間国宝の技術や人となりを肌で感じ取っていたからこそ、謙遜してそう語ったのかもしれない。とはいえ、宮本さんは人間国宝に選ばれた。実際に、その認定へのプロセスはどのようなものだったのか。
「電話がかかってくるんですよ。今、こういう会議があって、人間国宝として宮本さんの名前が挙がっていますと。急に人間国宝になりますかって言われても、具体的に何をしたらいいかわからないですよ。
話を聞いてみると、無形文化財の技術を次の世代に伝えていくということなので、そういうことならと思ってお受けしますと伝えました」

大学での教育にも精力的に
「後世に技術を伝えていく」。この話を聞いたとき、宮本さんの頭には黒田辰秋さんや師匠の乾𠮷さんの姿が浮かんだのかもしれない。今度は自分が若手を育てていく番だと感じても不思議ではない。その証拠に、60代になってから京都美術工芸大学から講師の依頼を受けて、今も教壇に立ち続けている。
「僕が師匠のところで学んできたことは、たくさんあります。でも、そこから独り立ちして、自分なりのノウハウっていうものがもあります。技術を伝えることも大事ですが、自分で更に創意工夫を重ねていくことの大切さを伝えていきたいですね」
宮本さんのものづくりの精神は、すでに幼少期の頃に確立されていた。第1回の配信でも語られたように、「人の手で作られたものは、必ず自分でも制作できる」という考えは、学生にもコアになるものとして伝えているという。「とりあえず、やってみる」の精神が必要だと語る。
その考えは、宮本さん自身今も自分に言い聞かせているという。「ただ、とにかくやってみろとは言うんですけど、でも僕はパソコンはまったく駄目でしたね」と、ばつが悪そうに話してくれた。


「考えること」がすべての始まり
ものづくりの精神というのは、職人本人にしか伝えられないものだろう。だが、技術の継承となれば、今なら豊富な技法が掲載された教科書があり、インターネットで検索すれば、動画付きで情報が得られる時代だ。しかし宮本さんは、それが問題だと指摘する。
「僕は本を読まずに、師匠の教えと自分の考えでここまできました。それもあって、これをするにはこういう技法がありますよというように教えてしまったら、そこで成長が止まってしまうと考えるタイプなんですよ。
自分だったらどうするか。そういうふうに考えていくと、本にも載っていないようなやり方をひねり出せるんです」
ここまで連載を追いかけてくれた読者ならば、これが宮本さん自身の経験から導き出されたものだと気づくだろう。小さい頃から身の回りにある材料や端材を使って、自分の好きなものを制作してきた経験、独立後も自らのスタイルを確立するまでに重ねてきた苦労こそが、宮本さんの財産となっている。
対話によるコミュニケーションの大切さ
師匠に弟子入りをしてから、50年以上も木工に携わってきた。だからこそ、伝えたいことは山のようにあるだろう。「自分の頭で考える」というのも、宮本さんだからこその説得力がある。
だが、最近のタイパやコスパといった言葉からも、時間やお金、労力をかけずに情報や技術を得ようとする動きがあることも確かだ。そうした現状を宮本さん自身感じることはあるのだろうか。
「いつも授業前に言うんですよ。わからなかったら手を挙げて聞いてくださいねって。質問する学生はどんどん上達していくんですが、ずっと黙ったまま作業する学生さんも少なからずいますね。
残念ながら、YouTubeで紹介されている方法がすべてだと信じている学生さんも多いです。動画を見るなとは言いませんが、せっかく目の前に技術や経験を持った先生たちがいるのに、直接聞かないのはもったいないと感じますね」
とはいえ、皆が皆、そういう態度でいるわけではない。実際の講義も一般的な総合大学と違い、多くても10人ほどだという。それゆえ、宮本さんの授業は、ほとんどがマンツーマンの状態で会話ができる環境のようだ。
「僕も実習室でいろいろと制作していますから、興味を持ってくれる学生はもちろんいます。真面目な学生が多いので、教えたことは身につけてくれるし、言ったこと以上の技術も習得する学生もいます。そういう人たちは日に日に成長していくので、最終的に素晴らしい作品を作ってきますよ」
人間国宝を目の前にして、何も質問しないというのも驚きの話だ。いかにデジタル機器が発達して得られる情報が増えたとしても、「質問をする」「対話を通じた学び」「試行錯誤」というのは、学びや技術の継承において、本質的なものなのかもしれない。

(最終回は、人間国宝として向き合う伝統工芸への思いと、若い世代に向けたメッセージをお送りします。)
写真協力:京都美術工芸大学









