



時間とお金だけがなくなっていく
県の試験場で働きながら、「象嵌」との運命的な出会いを果たした中川さんは、サラリーマンと工芸作家という二足のわらじを履くことになる。だが、加賀象嵌制作に携わる日々は、中川さんが想像していたのとはまるで違うものだった。
「1年かけても、大きい作品なら3点、小さいものでも5点くらいしかつくれません。金属を彫ってから、そこに金や銀をはめ込むので、他の工芸と違って2倍くらいの時間がかかるわけです。
始めた当初は失敗もたくさんあったから、時間はあっという間に過ぎていくし、金属を買うお金もどんどん飛んでいきましたよ」
これまで工業デザインを専門にしていたため、作品をひとつつくるのに、これほど時間と費用がかかるとは想像すらしなかったと振り返る中川さん。このように時間と費用がかかることから周りにいた人たちも、いつの間にか姿を消していったという。
工芸に魅了されてその道に入っても、続けていくのが難しい構造的な問題があるようだ。
「サラリーマンは毎月給料が振り込まれるけど、工芸は作品が売れないとお金が入ってこないでしょ。その上、材料費を考えると、売値の1/3くらいしか手元に残らないんですよ。作品づくりで生活ができるようになったのは、60代になってからですね」
徹夜でこなす試験場と工芸の両立
それならば、独立するまでは別の収入源を確保すればよいのではと考えてしまうが、それも簡単なことではないようだ。実際に中川さんは、県の試験場で勤務をしながら工芸の習得に取り組んでいたが、その生活は過酷なものだった。
「県の試験場で働きながら工芸を勉強していたので、基本的には徹夜続きでしたね。あるときは、3日連続で徹夜だったなんてこともありました。そうなると、顔色は悪くなるし吐き気は催すしで、最悪でした」
いまとなってはいい思い出のように語る中川さんだが、どのようなスケジュールで日々を送っていたのだろうか。
「試験場の勤務時間は、5時15分まででした。家が近かったので、6時半までに夕飯を食べ終えて、仮眠を2時間ほど取っていました。サラリーマンから工芸のモードに頭を切り替えるのが難しくて、一度寝ないと駄目でしたね。
その後は、朝の4時くらいまで眠気覚ましのコーヒーを片手に工芸に取り組む。また仮眠を取って、試験場に行くという生活をしていました」


人生はフルマラソン
こうした過酷な生活を11年ほど続けてきたという。ここまで継続ができたのは、何か特別な理由があるのだろうか。どうやら、単純に象嵌が好きということ以外にも、中川さんにはある信念があったようだ。
「毎日同じことをしていても、人は絶対に成長しないんですよ。
マラソンみたいなものです。42.195kmを走り抜くのに、たとえ一歩でも前に進めれば、最初の数kmくらいは差がなくても、ゴールテープを切るときには1位になっているかもしれないでしょ。だから、少しでも多く行動すると決めていました。
私の場合は工芸に集中したかったので、好きだったスポーツをきっぱりとやめましたよ。しかも、金沢は四季を楽しめる場所が多くて、春から夏は山菜採りや海水浴を楽しめるし、冬になればスキーができるけど、そうした誘惑を振り切って、先生のところでの勉強を優先させました。
ただ、最初から全速力で走ってしまうと疲れてしまいますし、途中でリタイアしてしまうので、ペース配分はものすごく重要ですね」
自分の興味を持ったことには、とことんストイックに挑戦をしていく中川さん。趣味すらもやめるというのは、覚悟の表れか。時間を確保して試験場と工芸の両立を果たすというのは、それこそ全速力といえるのではないかと思ってしまう。
「飲み会がある日は、特別に休憩日と決めていました。お酒も入ってしまうので、帰ってからは思うように作業できないです。さすがに前日作業で徹夜し、また徹夜で麻雀はこたえました」
そう語る中川さんは、過酷な生活のなかにも仲間との交流や、通勤途中に行きつけのパン屋さんでカレーパンを買うといった楽しみを見出しながら、長い修業期間を過ごしていった。

(第3回は、中川さんが高橋先生の教えを受けるなかで、自身のスタイルを確立するに至ったエピソードをお送りします。)










