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木桶のルネサンス:中川木工芸の世界を魅了するデザイン【前編】
2025.09.03
木桶のルネサンス:中川木工芸の世界を魅了するデザイン【前編】

滋賀県大津市

中川木工芸比良工房
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中川 周士

中川木工芸の3代目。中川木工芸 比良工房を開設し、木桶を中心に国内外で多岐にわたる活動を行う。

木桶

木材を細かく割り出し複数の板を組み合わせて円形に成形し、箍で締めて仕上げる工程で作られる。樹齢200〜300年の木材の外皮に近い部分を使用し、節や曲がりのある材も作品として活用される。お櫃や寿司桶、風呂桶などの日用品から、シャンパンクーラーやアート作品など幅広い用途に用いられる。

約700年前に大陸から伝わったとされる木桶の技術。中川木工芸 比良工房では、伝統的な木桶を現代の生活に合わせ、他分野との連携を通して、その可能性を拡張し続けている。
木桶のルネサンス:中川木工芸の世界を魅了するデザイン【前編】
約700年前に大陸から伝わったとされる木桶の技術。中川木工芸 比良工房では、伝統的な木桶を現代の生活に合わせ、他分野との連携を通して、その可能性を拡張し続けている。そこには、伝統工芸のイメージを鮮やかに覆す、革新的なものづくりの哲学があった。
今回は、滋賀県大津市・琵琶湖西岸に連なる山地の麓にある工房でお話を伺った。

アーティストを目指し芽生えた、対極の眼差し

事業とその始まりについて教えてください。

約100年前、三重の農家で生まれた12人兄弟の11番目だった祖父・中川亀一(かめいち)は、11歳で京都の老舗桶屋「たる源」に丁稚奉公に行きました。当時は一般家庭でお櫃、寿司桶、風呂桶などが当たり前に使われ、日常生活に木桶は欠かせない存在でした。祖父は約40年間工房に勤めたあと独立し、京都に中川木工芸を立ち上げて伝統的な木桶づくりを始めます。

2代目となる父、清司(きよつぐ)は家業の傍ら、木目を意図的に合わせることで文様に見立てた木工芸品を発表。木目を合わせることで寄木細工のような装飾を表現する技により、2001年に重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されました。

それ以来、周りからは常に人間国宝の息子だと言われるようになり、その反発心から親の七光りや“京都”というネームバリューも捨て、自らの力だけで何ができるのか挑戦したいと強く思うようになりました。そして2003年、学生時代に山登りでよく訪れていた滋賀県の比良山地の麓に自身の工房を開設しました。

家業を継いだきっかけや経緯について教えてください。

幼少期から父や祖父は私が家業を継ぐことを期待していましたが、思春期の頃は、家族全員が同じ場所で仕事をするという一般家庭とは異なる環境が嫌でした。ものづくりは好きでしたが高校卒業後すぐに家業に入ることは考えておらず、1歳でも早く職人を始めてほしい両親を説得し、京都精華大学芸術学部に進学し、立体造形を専攻しました。

創業当時の祖父・亀一さんと父・清司さんの制作風景
創業当時の祖父・亀一さんと父・清司さんの制作風景

大学時代はほぼ木には触らず、鉄で彫刻作品を作っていました。思想や哲学のある現代美術の世界が面白く、その道で生計を立てたいと考えていましたが、現実はそう甘くありませんでした。卒業後は家業に入りましたが、山中にプレハブのアトリエを建て、1日15時間仕事をする条件で週休2日をもらい、金曜の夜から泊まり込みで作品制作する生活を独立する直前まで10年間続けました。当時抱いていた現代美術でパリやニューヨークで個展をする夢を、今、木桶で実現することができたのには不思議な流れを感じています。格差のあったアートと伝統工芸の距離感が変わり、この10年で交わるようになってきたのを実感しています。

2000年に琵琶湖のほとりに彫刻作品を設置した際、丸太の輪切りのような作品を鉄で制作しましたが、今はこれに似た造形作品を木で作っています。木桶は芯ではなく外皮に近い部分の木材を使用するため、中心に穴の開いたドーナツ状の木材も使用できます。幼少期には山積みの丸太の上に乗って遊んだ記憶が今でも鮮明に残り、その原風景が作品に投影されています。

ものづくりという領域では、工芸と現代美術は真逆の世界観。現代美術を通して、伝統工芸の常識は当たり前ではなく、複数の視点を持ち、物事を対局から見る意識が芽生えました。工芸と現代美術の視点が緩やかにつながり、それが現在のものづくりにも息づいて、毎日繰り返される木桶づくりの作業の中にも、面白みや新たな発見を見出しています。

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中心が空洞の丸太
中心が空洞の丸太

捨てられる木に宿る、聖なる力が記憶を紡ぐ「依り代(よりしろ)」

ミニマルで洗練された木工製品と、自然そのものの表情を生かした工芸作品、それぞれの向き合い方について教えてください。

常に木の魅力をいかに引き出すかということを大切にしています。職人として図面通りに木を100%コントロールして作るもの、その一方で木のありのままの姿を生かし、人がコントロールしないことで見せられる美しさを形にするものがあります。

2017、8年頃から突如、曲がっていたり節があったりして木桶に使用できない、本来なら捨てられる木材が放つ魅力に気づくようになりました。そして2021年から、廃材を使用して「依り代」を創作し始めました。

依り代というシリーズ名は、イギリス、ロンドンを拠点に活動する文筆家の入江敦彦さんの言葉がきっかけとなりました。ロンドンに行くといつも入江さんのお宅に宿泊させてもらっていたので、その都度お礼として依り代の試作品をプレゼントしていました。すると彼の友人の遺品のガラスペンやパートナーの父親の形見の時計といった思い出の詰まった品々が、誂えたようにピッタリと収まったのです。大切にしているものに込められた想いが木の容れ物に宿っているかのようで、「まるで神々が宿る依り代のようで、これは容れ物ならぬ“依れもん”」と入江さんが呼ばれたのです。それがきっかけで、依り代をシリーズ名にしました。

木桶には使用できない節のある曲がった木材
木桶には使用できない節のある曲がった木材

また、40年程熟成した高価な日本酒を蔵元の方が特別な箱に入れたいと、依り代を所望されました。お酒が40年間吸い続けてきた水と空気と土と同じ環境にある木で作りたいと、蔵元がクレーンとトラックを借りてわざわざ運んできた山形の木を使って作りました。

工業製品では途切れて失われてしまう関係性を、自然の素材は紡いでいく力があります。森の中を歩いていると癒やされるように、依り代には人の想いを紡いでいく自然の力が宿っていると思います。依り代シリーズも伝統的な木桶づくりの技法を用いて作っています。捨てられる部材は倉庫ではなく、いつでも視界に入れてその存在を感じとれるようにアトリエに置いています。そうするとその木片のイメージが自分の中に刷り込まれ、熟成され、そこに最小限手を加えて作品化したくなってきます。

桶づくりには樹齢200〜300年の木材を使いますが、鉋屑(かんなくず)までランプシェードにしてしまうなど、なるべく捨てずに木の全てを生かしきり、その魅力を最大限に引き出したいと思っています。

山沿いに自宅があり、毎日森のような木立を通り抜け、琵琶湖の水面を木々の間から垣間見ながら工房に通っています。木にトックリバチが巣を作っていたり、岩場に波が打ち上がる、日常の中にある自然の様子に美を見出し、自分の中に蓄積しています。それが仕事へのモチベーションでありインスピレーションになっています。

「依り代」
「依り代」

アートの主語は“I”、工芸の主語は“We”。他者との対話から生まれる革新

工芸における「伝統と革新」についてどのようにお考えですか。

工芸の歴史は、伝統を守ることと変化することで継続すること、その両輪で成り立っていると思っています。たとえば形を自由に変えても、木の繊維を横方向にして木桶を作ることは今後もありません。物事には道理があり、木としての理に叶うことが重要です。

守るべき伝統があるからこそ生まれる自由があり、制約があるからこそ、そのギリギリに挑戦することが革新的なものづくりにつながると思います。その伝統と革新のバランスを大切にしています。

現代美術も好きですが、自己表現では主語が必ず“I”、一方で工芸の主語は“We”です。工芸には用途があり、お客さんの要望を聞いて誂えます。そのやり取りの中で「私たち」という主語が形を成していきます。また祖父や父と過ごした時間でのWe、木と私が対峙するWeといったように、他者との対話の中で生まれる工芸のものづくりが心地よいのです。

木桶の魅力についてお聞かせください。

木は私にとって師であり友。木桶には人間の思想、哲学、知恵が隠されていて、そこが魅力です。木桶は1本の木から切り出されるのではなく、木片を何枚も組み合わせて一つのものを生み出します。700年紡いできた知恵の結晶を継承していくことが私の仕事だと思っています。

さまざまな木材が一つに手を結び、傷んだときにはその部分だけ取り替えられる木桶は、多様性の象徴とも言えるのではないでしょうか。「箍(たが)が外れる」という慣用句があるように、昔は人々にとって木桶が身近な存在でした。これからも木桶にある学びを広く発信していけたらと思っています。

木桶づくりワークショップで使用するパーツ
木桶づくりワークショップで使用するパーツ
後編では、世界を魅了した革新的な木桶をきっかけに始まった、木桶の可能性を拡張する多様な活動、思い描く未来の工芸の在り方などについてお話を伺った。

Text by Riko

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