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木桶のルネサンス:常識の箍を外す、中川木工芸が描く未来【後編】
2025.09.04
木桶のルネサンス:常識の箍を外す、中川木工芸が描く未来【後編】

滋賀県大津市

中川木工芸比良工房
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中川 周士

中川木工芸の3代目。中川木工芸 比良工房を開設し、木桶を中心に国内外で多岐にわたる活動を行う。

木桶

木材を細かく割り出し複数の板を組み合わせて円形に成形し、箍で締めて仕上げる工程で作られる。樹齢200〜300年の木材の外皮に近い部分を使用し、節や曲がりのある材も作品として活用される。お櫃や寿司桶、風呂桶などの日用品から、シャンパンクーラーやアート作品など幅広い用途に用いられる。

人間国宝の父への反発と現代アートへの傾倒の中で、“工芸の主語はWe”という哲学を見出した中川周士。後編では、その思索が革新的な木桶「konoha」や異分野との協働へと結実し、工芸の新たな可能性を示す。
木桶のルネサンス:常識の箍を外す、中川木工芸が描く未来【後編】
人間国宝の父への反発と、現代アートへの傾倒。その葛藤の中から“工芸の主語はWe”という独自の哲学を見出した中川さん。
後編では、その思索が、世界を驚かせる“かたち”へと結晶する。世界を魅了した革新的な木桶の誕生秘話から、テクノロジーや建築との刺激的なコラボレーション、そして工芸が未来の日常を豊かにする壮大なビジョンを伺った。
<前編の記事は下記から読めます>

常識を覆す、木桶の新たなる地平

伝統工芸のみならず、多領域で精力的に活動されていますが、そのきっかけや経緯について教えてください。

2003年に滋賀県の比良山地の麓に自身の工房を開設し、独立後は細々と桶屋を続けていましたが、転機が訪れます。2008年、京都の伝統産業と海外ブランドを融合した商品企画をする株式会社リンクアップの代表が当社の木桶を持っていたことから、これまでにない木桶づくりについて提案を受けました。

木桶の常識を覆すシャープなフォルムを求めて、最初は急カーブの桶を作っていました。限界までカーブを鋭角にしたとき、箍を嵌めるのは無理だと諦めかけましたが、箍の入るところまでは緩いカーブで、口縁に近い上部のみを尖らせたデザインを閃きました。何度も図面を引き直し、ノミや鉋(かんな)をふるって試作品を作り続けること約2年、試行錯誤の末、口縁がラグビーボールのように尖った木桶「konoha」が完成しました。そして、それが2010年にフランスの高級シャンパン銘柄の公式クーラーに採用されたのです。

konohaには樹齢200年以上の尾州檜を使用します。真っ直ぐに走る木目は柾目(まさめ)と呼ばれ、樹齢の長い木の中心部分でしか取れません。ストロー状になった木の繊維が水を吸収し、水漏れしないのです。また、てこの原理を利用して、箍のない上部も締まるようになっています。

konohaが洗練されたバーやホテルのラウンジに置かれ、これまで木桶にまったく興味のなかった層が関心を持ってくれるようになりました。丸い底面の筒状のものという既成概念から脱却し、伝統的な技術にデザイン性を加えることで今までにない新たな市場が広がり、木桶の新たな可能性が見えた瞬間でした。

konoha
konoha
制作工程を簡単に教えてください。また技術的に難易度が高い作業や特にこだわりのある工程があれば教えてください。

まず丸太を割って、板を切り出します。切り出す元の木の太さもそれぞれなので、切り出した板の幅も異なってしまいます。これらの板が桶を取り囲む側板(がわいた)になりますが、一枚一枚の側板はそれぞれ個性を持っています。

工房にある約200の鉋を駆使して、側板に湾曲をつけながら手で触っても継ぎ目が分からないほど滑らかな曲線を描くように削っていきます。

側板と側板が接する面を正直(しょうじき)といい、この面を角度をつけて削ります。側板と側板を合わせることを「正直合わせ」といって、紙一枚通さないくらいきちんと角度を合わせて組み立てないと、後で水漏れしたりうまく成形できません。

側板を円を描くように並べ、箍で締めて、底板を打ちつけて完成します。円にすれば、内側と外側からの圧が拮抗するため、頑丈な木桶になるのです。

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壁面に並べられた鉋
壁面に並べられた鉋
制作する上でこだわりの道具はありますか?

以前、NHKの番組で弥生時代の道具で箱を制作するという企画に、父が木工職人として出演しました。その際、弥生時代の遺跡からの出土品を鍛冶屋が復元した鉄器をNHKが制作しました。青谷上寺地遺跡(あおやかみじちいせき)から発掘された弥生時代の鉄器ですが、土が酸素を遮断して貴重な資料が残りました。

番組終了後、復元した道具をいただき、今では私が保管して普段の木桶の制作ではなく、作ったことのないものを試作する際に使っています。約2000年前のプリミティブな道具が人間の加工技術の根源を引き出してくれる気がしています。

今は国立民族学博物館の桶樽研究会で研究員としても活動しており、歴史も勉強するようになりました。弥生時代、細工がある道具は朝鮮半島伝来の祭事用として紅葉樹で作られ、日常の道具はシンプルに杉を使用して縄文時代の流れを汲んでいます。木桶は弥生時代からありますが、室町時代に箍を締める技法が開発されました。

これまでに人類が使ってきた道具について過去の歴史を振り返ると、土器、石器、鉄器時代の前に木器時代があったのではと想像しています。

復元された弥生時代の鉄器
復元された弥生時代の鉄器

越境する伝統工芸が、日常を豊かにする未来

konohaをきっかけに、世界各地のデザイナーとのコラボレーションや、2015年には神代杉(約2000年もの間土に埋まっていた杉)で作ったKI-OKEスツールがV&Aのパーマネントコレクションとして収蔵、またアイルランドで開催されたセミナーに招聘されるなど、海外での多彩な活動を通して感じたことや新たな発見はありますか?

2000年頃、日本では伝統的な木桶は古き良きもの、途絶えぬよう守っていかなければならない懐かしい過去として捉えられていました。それが海外の見本市に出展したときに、これまでに見たことのない新しいものが日本からやってきたと、海外の人々には木桶が斬新なものとしてポジティブに受け入れられたのです。その反応が新鮮でうれしくて、それ以来年に3〜4回は海外を訪れるようになりました。

以前は縮んだり割れたりする木桶を海外に持っていくことは敬遠していましたが、開化堂さんから誘われ、パリのメゾン・エ・オブジェに出展したことがあります。そこでは予想通り、乾燥した気候のせいで展示していた木桶が縮み、全ての木桶から箍が抜け落ちてしまいました。

しかしプロトタイプ製品専門のコレクターが、箍が抜け落ちた木桶が欲しいと言ってきたのです。水漏れする木桶、未完を受け入れるマニアックなコレクターが存在することに驚きました。

また元来の負けず嫌いに火がつき、早速工房に乾燥室を作りました。そして何度もトライアンドエラーを繰り返し、海外の乾燥にも耐えられる木桶へと改善することができました。

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木桶のみの展示や、企業と連携した先端的な取り組みなど、木桶を起点とした異なる領域での活動についてお聞かせください。

京都市内にある大きな町屋のイベントスペースTHE TERMINAL KYOTOでは、2014年から10年間継続して毎年木桶にまつわる展覧会「室礼展 SHITSURAI -Offerings-」を開催しました。近年では「短冊状の板を組み合わせて箍で締めたもの」を木桶と定義し、比良工房で学んだ職人や作家が自由に表現するなど、木桶だけの展示をキュレーションしました。土間に木桶の茶室を設置して茶会を開催した際は、内装と外装と構造が一体化した建築物は面白いと、「新建築」にも取り上げられたり、韓国の清州(チョンジュ)で開催されたクラフトビエンナーレや金沢のGO FOR KOGEIでも展示されました。

また2017年のミラノサローネでは、Panasonic Designとの約1年の勉強会を経て完成したIH対応立礼用テーブルと木桶を発表。未来の家電について考えたとき、テクノロジーを全面に出すのではなく、隠すことによってその凄さを際立たせる、そのために先端技術を工芸が支えるというコンセプトでした。父の技術を用いて装飾した木製テーブルに木桶を置いて湯を沸かすと、観客が目を丸くして不思議そうに見入っていたのは印象的です。

木桶をデザイン、アート、テクノロジー、建築など他分野と融合し、これまでにない木桶の可能性を模索し、拡張し続けています。古き良き伝統的な日本の生活に合った様式美と新しい技術とが結びつき、伝統工芸が未来の日常を豊かにすると考えています。

IH対応立礼用テーブルと木桶
IH対応立礼用テーブルと木桶

木と木桶の魅力を伝え、工芸で世界を一つに

業界の課題は何かありますか。またその課題解決には、どのようなことが必要だと考えていますか。

比良に工房を構えたとき、桶屋がなくなるのは時間の問題だと思っていました。80年ほど前の祖父の代には、京都市内だけで250もの桶屋がありましたが、私が比良に移った頃にはたったの3軒。業界自体が風前の灯でした。

今、京都の桶屋は5軒になりました。konohaの誕生以来、木桶の需要が増え、20代の職人を雇用できるようになりました。これからも木桶の世界を広げて、桶屋を増やしていきたいと思っています。比良工房では、20代の職人たちに自由にものづくりをさせています。ここから独立して自分の工房を開いたり、当社の工房で技術を学んで家業を継いだり、またアーティスト活動を始める職人もいます。巣立っていった彼らに負けないよう、お互いに切磋琢磨しています。

そして長い目線で言えば、素材の供給の問題があります。市場では圧倒的に天然木が人気です。吉野の山には500年前から人が手入れして育ててきた人工林があり、樹齢300年の木材がありますが、天然木の市場価値は人工木の5倍以上。天然木は切れば終わりで、サステナブルとは言えません。人工林を手入れして維持する林業従事者も減少の一途を辿り、このままでは数百年後、上質の木材を供給する人工林は失われてしまうでしょう。吉野の林業が途絶えてしまうことのないよう、自身の活動を通して、人工木の価値を高めていきたいと思っています。

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将来的な目標やビジョン、夢があれば教えてください。

多くの方々にもっと木や木桶に親しんでもらえる活動を今後も続けていきたいと思っています。私のインスタグラムの75%は海外からのフォロワーで、スタッフを募集しているわけではありませんが、熱心な問い合わせも多く、今ではイラン、フランス、ベルギーなど国際色豊かなインターンを受け入れています。ベルギーの職人とはコラボレーションして昨年のニュイ・ブランシュに出展しました。

ただ私自身外国語は苦手なので、海外では直接五感に訴えかけるプレゼンテーションを心がけています。たとえば鉋で削った木屑を相手の鼻先に持っていくと、森林浴をしているような爽やかで落ち着く香りに誘われて、木桶に関心を持ってくれることもあります。五感に直接訴えかけるのは時に言葉より雄弁で、一瞬の印象にとどまらず記憶として残り続けます。あるとき、海外から受け入れたインターンが、何年も前に私があげた鉋屑を今でも大切そうに包み紙から出して見せてくれたときは、本当に感動しました。

対話の中で生まれ、倫理的なものづくりをする工芸が、イデオロギーや宗教の壁を越えて平和的な対話を促し、世界を一つにすると考えています。世界には答えのないことの方が多く、出会いの積み重ねが人を作ります。そして出会いにより、ものづくりが変わります。これからも、一つひとつの出会いを大切に積み重ね、変化の蓄積が結果として現れる生き方でありたいと願っています。

Text by Riko

#Artisan#木工芸#木桶#職人#滋賀#伝統工芸#歴史#日本文化#技術#サステナブル#伝統と革新
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